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千葉地方裁判所 昭和47年(ヨ)149号 決定 1972年7月31日

申請人

別紙のとおり

(四五六名)

右代理人

野島信正

外二名

被申請人

新東京国際空港公団

右代表者

今井栄文

右代理人

濱本一夫

外二名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申請人らの申請の趣旨および理由

別紙「仮処分命令申請書」「債務者の主張に対する反論」「債務者の反論に対する再反論」「債務者への求釈明」「準備書面一」「準備書面二」「準備書面三」各記載のとおり。

第二被申請人の答弁

別紙「答弁書」「補充答弁書」「釈明書」各記載のとおり。

第三当裁判所の判断

一申請人適格

申請人らは、本件パイプラインの敷設ルートから最も近い者は数メートル、最も離れた者でも約五〇〇メートルの距離内に所在する団地あるいは住宅に居住する住民であつて、本件パイプラインはその安全性につき多くの疑問があり、かかるパイプラインの敷設により、パイプラインの破損によるジェット燃料の流出、引火、爆発、火災等の事故が発生するおそれがあり、ひとたび事故が発生すれば、被害は少なくとも一キロメートル以上の地域に及び、申請人らはその生命、身体、財産に対する損害を必然的に蒙り、生命、身体に対する人格権、土地、建物に対する所有権、占有権を侵害されるに至ると主張しており、かつ、本件パイプラインの性質上そのある地点における事故の発生は他の地点に連鎖反応的に波及するおそれがあるものと予測され、その意味で一応事故は一体的に把握されるべきものであるから、以上のかぎりにおいて申請人らのいずれに対しても本件一一キロメートルにわたるパイプラインの敷設全体の差止を求める仮処分の申請人適格を肯定することができるというべきである。

二被保全権利および保全の必要性

本件疏明資料によると次の事実を認めることができる。

1  被申請人は現在千葉県成田市に建設中の新東京国際空港(以下新空港という。)の開港により同空港に発着する航空機は逐年増加することが見込まれ、これにより給油すべき航空機燃料の需要予測は昭和五一年度において年間約二〇〇万キロリットル(一日平均約五、五〇〇キロリットル)、昭和六一年度には年間約五五〇万キロリットル(一日平均一五、〇〇〇キロリットル)におよぶものと推定されるところから、かかる需要に応える必要を生じた。

そこで燃料を新空港に輸送する手段としては、タンクローリー、貨車、パイプラインによることが考えられたが、昭和五一年度における需要をタンクローリーにより輸送するとすれば、大型タンクローリー(一〇トン積み)で一日片道延べ約五五〇台を必要とし、昭和六一年度においては同じく約一、五〇〇台が必要となるので、この方法は交通事情の悪化、事故の発生その他諸般の事情を考慮すると採用し難く、また貨車による方法も過密化した鉄道事情等を考慮すると危険性の高い輸送方法であるところから、これに比してより安全にして且輸送効率の高いパイプラインによる輸送方式を採用することとした。すなわち、タンカーにより輸送された航空機燃料を、千葉港頭に荷揚げおよび一時貯蔵する施設を設けて、ここにいつたん貯蔵した後、送油ポンプによりパイプラインを経て新空港に輸送し、新空港内貯油タンクに貯蔵し、これよりハイドラント方式により航空機に給油する方式による新東京国際空港航空機給油施設の建設を計画し、昭和四六年八月これを公表し、昭和四七年三月上旬頃被申請人用地内において航空機燃料輸送パイプラインの埋設工事に着手した。右計画に含まれるパイプライン施設の敷設計画の概要は、新空港の需要量に対応し、約30kg/cm2の送油圧力により一時間当り五〇〇キロリットルの送油能力を有する直径三五センチメートル、肉厚一一、一ミリメートル、一本の長さ一一メートルの圧力配管用炭素銅鋼管(JISG3454 STPG38)二本を地下埋設により敷設し、そのルートは千葉港頭給油施設から千葉市内を経て東関東自動車道に至り(この間約一一キロメートル、本件パイプラインの敷設ルート)、同自動車道沿いに成田市に至り、新空港内給油施設に至る約四四キロメートルの区間、埋設深さは一、八メートル(市街地)ないし一、五メートル(市街地以外の場所)とする、輸送される航空燃料はJetA-1(ケロシン系一〇〇パーセント)、JetB(ケロシンとガソリンの混合)の二種とする、というものである。

2  ところで、かかるパイプライン施設の安全性については

(1) その設計にあたり、被申請人の委託により財団法人高速道路調査会に設けられた新空港パイプライン特別研究部会が(一)導管の布設方式(二)導管の耐震設計と施工方式(三)安全確保のための管理方式(四)不測事故に対する保安対策の四項目についての調査研究の結果をまとめた「新東京国際空港における航空燃料輸送パイプラインの布設とその保安に関する調査研究報告」、同じく社団法人計測自動制御学会に設けられた新空港給油施設制御方式調査研究委員会が給油施設がもつとも能率的、経済的、かつ安全にその機能を発揮しうるようとの目的で制御方式全般について調査研究を行つた結果をまとめた「新東京国際航空燃料給油施設の制御方式に関する調査研究報告書」などの調査研究成果を取り入れ、東京消防庁の「石油類導管技術規準」をも参照し、さらに被申請人自ら実施作成した「埋設鋼管の管厚および応力計算」「埋設鋼管不等沈下検討書」「航空機給油施設パイプライン埋設実験報告書」に基づくなどして一応安全性につき設計上相当程度の配慮がなされている。すなわちまず第一に、使用されるパイプはSTPG38 なる材質の無継目鋼管で、管経×肉厚35cm×11.1mm、引張り強度38kg/mm2以上、降伏点22kg/mm2以上のものが使用され、かかる鋼管は鋳鉄管等の他の管種に比し安全性においてすぐれており、柔軟性に富み、可撓性が高く、異常事態に対しても安全性が期待できる材料ということができ、前記埋設ルート、深度などの埋設条件のもとでは、内圧、土圧、車荷重、地盤の不等沈下、地震等のパイプに作用すると予測されるすべての力によりパイプに発生するであろう応力に耐えうるよう検討されていると一応いうことができる。また使用鋼管の腐食対策としては、ガラスクロス等で外国保護がなされるほか電気防食が施される。鋼管の接合は資格ある熔接工によるアーク熔接法に基づく熔接により行われる。第二に、パイプラインの保安対策としては(一)漏油検知装置として流量計による検知装置、圧力計による検知装置、差圧計による検知装置、バルブボックス内自動ガス検知装置(パイプライン上二〇か所のバルプボックス内に設置され、漏油を探知し、管制室に自動的に警報を発し危険を事前に探知する)が設置されるほか常時のパトロールによる検知を容易にするようパイプライン全線にわたり約二〇〇メートル間隔に漏油検知孔が設置される。右各装置により漏油を検知した場合、自動的に送油ポンプを停止し、後記の緊急遮断弁を閉鎖して流出を最少限に防止するとともに、自衛消防組織を整える等して地上、地下流出油の拡散防止とその回収にあたる。(二)緊急事態に即応できるよう、両基地を含めパイプライン全線にわたり、市街地は概ね一キロメートル、その他の地区は二ないし四キロメートル間隔で合計二二か所に緊急遮断弁装置が設置され、パイプラインに併設される制御ケーブルを通じて遠隔制御装置により閉鎖できる機能を有し、停電の場合にも自動的に閉鎖される機構とし、緊急事態が発生した場合には両基地のパイプライン監視盤に警報が表示されるとともにコンピューターを含む自動緊急停止装置により、直ちに送油ポンプが停止および右遮断弁が閉鎖される。(三)パイプラインの安全を確保するよう工事完成時においてパイプライン保安管理体制を確立し、保安管理要員を配置し、管理台帳を整備し、これを道路管理者、消防機関その他の関係機関に配布し協力を要請する。また全線パトロールによる所定の点検を定期的に実施し、他工事にも立ち合う。第三に、パイプラインに予測される自然的・社会的な事故原因とその対策のうち主要なものについては、(一)地盤の不等沈下については、パイプラインの敷設ルートの決定にあたり、地盤沈下の比較的少ない場所が選定され、不等沈下の生ずるおそれのある場所には、地盤改良が施される、河川横断の場合、不等沈下をさけるため橋梁添加は行われずすべて地下埋設とする、バルブボックス等の構造物には杭基礎等は使用されないなどの設計上の配慮がなされるほか必要箇所に沈下測定標、応力測定計が設置される。(二)地震については、過去の地震による被害状況の調査とその解折、実験および理論研究の成果をふまえその対策がたてられるものとされている。すなわち、土木、建築においても広く基礎資料として参考にされているといわれる東京大学名誉教授河角廣の研究によれば千葉県において今後一〇〇年間に起こる可能性のある地震加速度の最高値は300galとされていること、この数値を用いて算出される前方向応力に常時の応力を合算すると前記パイプの降伏点応力の約五三パーセントの数値が得られ、パイプラインの損傷は避けうるとされていること、国内外の過去の地震の例によると他の材質のパイプラインに比し震害の甚だ少なかつたとされる鋼管を熔接で接続したパイプラインが採用されていること、パイプラインの千葉港頭、新空港の両基地に地震記録計および制御用感震器が設置され、震度四(40gal)を感知した時は自動的に圧送ポンプが停止するとともに緊急遮断弁は閉鎖されることなどである。(三)上下水道管、ガス管、地下ケーブル管等の埋設工事、道路工事等の他工事によるパイプラインの損傷防止対策としては、パイプの埋設深さを前記のとおり市街地においては地表下1.8メートル以上その他の地区では1.5メートル以上とし、埋戻しにさいしては鋼管の頂部より三〇センチメートルは砂で埋戻しがなされた上に鉄筋コンクリート板(厚さ六センチメートル、幅五〇センチメートル)が設置されるほか、敷設ルートには約二〇〇メートル毎に位置標識として電気防食ターミナルボックスが、約五〇〇メートル毎に標識板がそれぞれ設置される。第四に、鉄道および主要道路をパイプラインが横断する場合には列車荷重または自動車荷重が直接パイプラインに作用しないようケーシングパイプ(保護用鋼管)が使用される。第五に、パイプラインルートの決定については、(一)地盤、地震沈下等による影響をできるかぎり受けないような良好な地質であること。(二)埋設されたパイプラインが他の埋設物工事による破損を受けるおそれがない場所であること。(三)埋設されたパイプラインに対する日々の保守点検作業が容易であること等の点を考慮し次のとおり決定された。(イ)給油基地は千葉港頭に設置する。すなわち新空港より海に至るルートを想定する場合、給油基地は京葉地帯に設けざるを得ないところ、これを設置することが可能な候補地としては京葉シーバースおよび千葉港頭地区の二か所が挙げられたが、前者は海外から大型タンカーで輸送される原油を陸揚げするための施設であり、厳格な品質管理の要請されるこれと品質を異にする航空燃料をこれに陸揚げすることは不可能であるうえ、右シーバースの能力が限界に達していることから利用することができないが、後者は千葉県が出洲地先の海面を埋立てその一部を石油配分基地として分譲した場所で、在来施設もなく、航空燃料を運搬する船舶等の接岸設備を施すことが容易であるなどの利点があるところから後者に決定された。(ロ)千葉港頭給油基地より新空港に至るルートとしては東関東自動車道(以下東関道という)を経由するルートとする。すなわち、東関東は概ね平たんなうえ地質の良好な地域に設けられた新設道路であり、他の埋設物もなく、高速道路であることを活用し、保守点検を迅速かつ効果的に行なうことが可能であることを考慮し選定された。(ハ)千葉港頭給油基地より東関道に至るルートは水道道路とする。すなわち、右間のルートとして検討に値するものとしては花見川、京葉道路ルート、草野下水路ルートおよび水道道路ルートの三つであるところ(a)花見川、京葉道路ルートについては、まず花見川ルートは地質は沖積層であり、圧縮性が高いこと、天然ガス、地下水汲み上げにより沈下が大きくなること、地震時に震幅および残留変位が大きく圧密沈下が促進されること、附近で農土造成等をした場合影響を受けやすい等の難点があること、花見川河口附近の河底は乱流による洗掘で河底の変化は大きいものと考えられ、パイプは洗掘による危険にさらされるし、塗覆面が水にさらされいたみやすいこと等の難点があり、京葉道路ルートは幕張インターチエンジから宮野木までの約六キロメートルの間は側道のない部分が多く保守点検作業が不可能又は著しく困難であること(b)草野下水路ルートについては、地質が沖積層であること、水路下に埋設されることから花見川ルートと同様の難点があること(c)水道道路ルートについては地質上成田層の部分が多いため地盤が安定しており、過去の調査によつても沈下量は他地域に比し大きな値とはいえないうえ、保守点検作業も容易であることから(c)のルートが最適として選定された。(ニ)千葉港頭給油基地から水道道路に至るルートは護岸敷または幅員二二メートルの道路予定地に埋設され、著しい障害となるような既設の埋設物はない。

(2) 施工にあたつては、土木工事は新東京国際空港航空機給油施設パイプライン工事標準仕様書に拠り、溶接工事については社団法人日本高圧力技術協会が日本国有鉄道の研究委託により設けたパイプライン溶接基準委員会で審議報告された基準に拠り資格ある溶接工により施工される。

(3) 検査については次のとおりである。(一)配管材料検査として使用鋼管は水圧試験を JIS 規格の 70kg/cm2を上まわる100kg/cm2で全数実施しキズ、破損等の有無、化学的、機械的性質につき JIS 規格に基づく検査が行なわれる。(二)溶接部の検査として溶接箇所全般にわたり社団法人日本非破壊検査協会が日本国有鉄道より研究委託を受け同協会に設けた国鉄パイプライン溶接部の非破壊検査基準作成委員会で審議報告された基準に拠り放射線透過試験等による非破壊検査が行なわれる。(三)完成検査として、工区毎(二〜四キロメートル)の工事完成時に空気圧55kg/cm2での区間気密試験、パイプライン全線完成後水圧75kg/cm2での耐圧試験、耐圧試験終了後、安全確認のため空気若しくは窒素ガスにより漏洩試験が行なわれる。

(4) 千葉市においては、本件パイプラインの経路にあたる市道の占有を許可するにあたり、パイプラインの安全性確認のため東京工業大学教授渡辺隆に調査研究を依頼するとともに、市独自のプロジェクトチームを編成し調査検討を進めた結果いずれもその安全性を確認する判定結果が得られたとして右占用を許可した。

3  ところで、本件パイプライン約一一キロメートルの沿線附近は、臨海部には幸町団地、稲毛海岸一ないし五丁目団地等の団地があるほか稲毛海岸ニュータウンが建設中であり、内陸部には千葉市検見川町、朝日ケ丘町、宮野木町、小仲台町の四町があり、個人住宅等があるほか、朝日ケ丘団地、西小仲台団地が現在完成しており、これらの団地あるいは個人住宅等には多数の住民が現に居住し将来居住することが予想されている。しかるにこれら住民と本件パイプラインとの距離は最も近い所では数メートルの間隔をおくだけの箇所も存する。そこでパイプライン埋設沿線住民はパイプライン埋設計画の存在を知り不安と疑念を抱くようになり昭和四六年一月住民有志により「パイプライン埋設に反対する市民の会」を発足させ右計画の公表を要求するに至つたが、その公表がなされないでいるうち、幸町団地自治会、稲毛団地自治会、稲毛海岸三丁目団地自治会等の五団地自治会により「京葉臨海住宅団地自治会連絡会(以下連絡会という)」を結成し千葉県知事および千葉市長に対し右計画についての住民説明会の開催を申し入れ、同年七月これが開催されたが、知事、市長の出席を得ることができなかつた。同年八月被申請人空港公団より千葉市に対し右計画への協力要請がなされパイプライン埋設ルートが公表されるにおよび、沿線住民の不安は一段と高まつたのに対し、千葉市は沿線の一七町内会の住民に対し説明会を開いたもののその効なく同年九月連絡会加盟団地等の住民は千葉市議会に対し、一万八千余名のパイプライン埋設反対署名を付して陳情書を提出するに至つた。一方被申請人空港公団では、同年八月から一〇月にかけて、前記計画について千葉県、市当局、千葉市議会等に対し説明したほか沿線の二四自治会等の八四六名一二、五二七世帯の住民に対し一五会場において説明会を開催し、他に「航空燃料パイプラインについて」と題するパンフレット、新聞折込みにより「新空港パイプラインはこのように安全です①②③」と題するビラを配布し住民の理解を求めた。しかしながら、沿線住民の反対運動はさらに発展をみせ、千葉市朝日ケ丘町等の沿線住民により「第二朝日ケ丘パイプライン埋設反対同盟」が結成されるとともに前記連絡会と糾合してパイプライン沿線住民連絡会議が組織され、臨海部より内陸部まで沿線住民による反対運動が一本化されていつた。同年一二月には前記連絡会代表により千葉県知事に対し約一八、〇〇〇名の署名を付したパイプライン埋設反対の要望書が提出された。これより先千葉市においては同市議会に新東京国際空港燃料輸送パイプライン対策特別委員会が設置されたが同委員会は審議日程等をめぐつてたびたび紛糾した末昭和四七年一月住民陳情案件を残したまま埋設賛成を決議し、同年二月の臨時市議会において経過報告を行なつた。その翌日千葉市長は被申請人空港公団に対し市道占用を許可する旨の決定を行ない、これに対しては、公明党、社会党、共産党市議団は、未だ同委員会の本報告が市議会に提出されていない等の理由により抗議の共同声明を発した。しかし千葉市長は同年三月一五日付および同年五月三〇日付で被申請人空港公団に対し市道占有を許可した。

以上の認定事実に基づいて判断するに、本件パイプラインは新空港に航空燃料を輸送する高度の必要性に応じ敷設される施設ではあるが、反面輸送される燃料の種類、性質、規模などに鑑みると一朝事あるときの危険性もまた大きいものであるというべきであり、殊に、本件パイプラインの経路はその付近に申請人らを含む多数の住民が居住する比較的人口稠密な地帯を通過するのであるからその安全性に欠けるところのないよう十分な配慮を要するものといわなければならないが、本件パイプラインの設計、施工、検査にあたつてはその安全性に相当の配慮がなされているものと一応いうことができるのであつて、これに対し申請人ら住民ははなはだ多岐にわたる問題点を摘示して本件パイプラインの危険性を主張しているが、その主張するところの安全性についての一般的指摘点の当否は別として、技術面からの批判主張については、その真否の判断は土木工学等の特別の専門的学識経験にまたなければならないもの、すなわち鑑定によるのほかはない。

しかしながら、そもそも本件のようないわゆる仮の地位を定める仮処分は、紛争の、訴訟による解決までに生ずる危険や回復し得ない損害を避止するため、当事者間に紛争解決までの間暫定的な地位を定めることを目的とするものであつて、その審理手続においては迅速性、暫定性の要請から立証はすべて疎明により、即時に取調べることのできる証拠によつてなされなければならない(民事訴訟法二六七条)のであるから、鑑定は原則として許されないと解するのが一般である。

それ故本件においては前記安全性危険性の当否は鑑定によらないかぎり明らかにすることができない。

のみならず、本件仮処分申請はこれまでに他に例を見ないケースである。すなわち、し尿処理施設、ゴミ処理施設または火葬場等の工事差止請求のようなものであれば、これらの施設はその工事設備が完成して操業を開始すれば、そのことにより直ちに大気、水質の汚染が始まり、右汚染により附近住民が健康を害せられる結果となるから、このような場合その侵害の程度いかんによつては施設工事の差止めをする必要が生ずるが、本件においてはパイプラインの敷設と燃料の輸送それ自体からは、これによる危険はさしあたりないといつて差支えなく、ただこれに何らかの他の要因が加わることにより、換言すれば、地盤の不等沈下、異常の加圧、地震等によりパイプが損壊しパイプ内の燃料が流出等して初めて危険が発生する性質のものである。しかもこれらの因子といつても関東大地震級を超える大地震の場合を除いて、その作用は緩慢か小さいかであり、右大地震に至つてはその到来時期は不確定であり、いずれをとつても急迫した現在する危険は存しないものといわざるを得ない。

これを要するに、前記疎明により認められる本件パイプラインの一応の安全性から考えるときは、これが敷設により直ちに申請人らのいう破損によるジエット燃料の流出、引火、爆発、火災等の危険が発生し、もしくは少くとも本案判決確定にいたるまでの間にその危険が発生する急迫性はないものというべきである。

しかしながら、本件パイプラインについて、将来絶対に事故が発生しない保証はないというべきであるから、申請人らを含む本件パイプライン沿線住民に多少の無理解はあるにしても住民の抱く根強い不安は理解しえないわけではなく、この点被申請人や千葉市当局がとつた不安解消の方法は充分でない憾みがある。ことに疎明資料によれば検見川地区から宮野木地区に至る間のルートについては住家よりの保安距離が数メートル足らずの箇所が存するのに、既定ルートの付近には、これに比し、コストの点はともかくとして保安距離により余猶をもたせることのできる空地が存することが認められることから考えれば、なに故住民感情をことさらに刺激してまで該区間にルートを設定しようとするのか、いささか理解に苦しむところである。ともあれ、被申請人空港公団、千葉市等関係当局には、かかる住民感情を考慮し、関係住民との協議を重ねその納得を可及的に得るよう慎重な配慮をすることが望まれる次第である。

以上によれば本件仮処分申請は結局被保全権利および保全の必要性についての疎明がないものというべく、また保証金をもつて右疎明に代えさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(渡辺桂二 鈴木禧八 矢崎正彦)

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